島の探索。

喫茶店の日々
長島の東の端には楯岩という絶壁があって、近くの平岩では入所者の釣りがさかんだったらしい。あらいそ、という地名も聞くけど、どれも今の地図には道がなくて新良田より東部は大きな森になっている。年末にNPOのK井さんが文化庁との調査で行ってきたと、さざなみで楽しそうに地図を色塗りするので、楯岩を見たい気持ちが何十倍にも膨らんでいた。今年に入って神谷文庫へ行くのに担当のK林さんに声をかけたら「楯岩行く?」と思いがけない誘いを受け、ついに念願のハイキング。
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K林さんは休みのたびにどこかの山にいるような超健脚の持ち主で、後ろをついて歩きながらキュっと引き締まったお尻をみるとそれが全てを物語っていた。(登山中の会話で何度も、バカなことするんですけどね…の前置きで、本当にとんでもない距離を思いつきで歩行したことを話してくれた。)
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干潮のタイミングで、道なき林の道にK林さんがつけたピンクの印をたどって海岸へと抜ける。人気のない林や海岸はかつてのデートスポットだったらしい。N尾さんから青年時代の恋の話を聞かせてもらったことがあるけれど、実際に歩いてなるほど~と思う。林の隙間から海の青さをみた時の胸の高まりは、吊り橋効果もあいまるような何とも言えないときめきがある。潮が引いた海辺のごつごつした岩をスニーカーで感じながら「昔はここを入所者が歩いてたと思うとね~。」というK林さんの言葉を考える。
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凪に太陽の光が眩しく反射する風景の中、楯岩は潔く天へ向かって切り立っているのが見事でいつもの長島なのにショートトリップしたような気持ちになった。愛生の編集部にいたU原さんは新良田の生徒の時、楯岩のてっぺんにお金を置いてきたらしい。(すごい運動神経の持ち主と周りから評判だったという。)それを確かめるのが目標だとK林さんは言ってたけど、これを登れる人とは一体…。
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歩きながら色んなことを聞いた。新良田の海岸沿いにあった豚舎のこと、だけど火事の危険を考えて取り壊してしまったのが残念だということ。長島にある長い煙突を火葬場と思われていたこと、道の脇にあるような小さな掘っ立て小屋に人が住んでいたと思われたりすること。ここにある生活は本当に見えないなあと思う。かつての私がそうだったように、長島にあった小さくて大きな社会を垣間見るたびに過去への興味が膨らむ。
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K林さんが勤め始めた20年くらい前には、長島にも600人くらいがいて愛生編集部にも往来があった。盲目の人が遠くから声を出して、それを編集部にいる他の入所者の人が迎えに行く、そんな日々があった。
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毎日、15時頃にカラカラと音が聞こえて、編集部の前をアンパンマンの手押し車を引っ張り歩いていく「連ちゃん」の話を教えてもらった。昭和27年、白痴で聾唖、らいの症状がある身寄りのない少年、発見したケースワーカーの大野さんの名前をとって「大野連太郎」として愛生園にやってきたれん君。それ以来ずっと、少年のように長島で暮らしていたらしい。
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教えてもらった当時の愛生を読んでも連ちゃんは愛される才能をもっていたようで「連ちゃんはこまめに、自分の生活を創造し、その生活をとおして人々の心をなごませ、笑いを提供し、連ちゃんの行くところ、明るく楽しいふん囲気が生じる。」とあった。大きな歴史の中から小さなひとつの輪郭が浮かぶたび、自分が生きる世界とリンクする。それぞれの記憶や本の中に、まだまだ豊かな話がたくさん眠っているんだろうなあ。今年はできるだけ神谷文庫にお世話になれるよう挑戦しようと思うのだった。
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posted : 2021.01.22
喫茶店の日々 長島を歩く さざ波立つ人たち