なぞなぞ

喫茶店の日々

窓から瀬戸内海を眺めていると、頭の中の考え事がどっかに行ってしまうほど穏やかで平和な時間が流れる。潮が引き始める頃は特に静かで小さな波の音、姿は見えないけれど鳥があちこちで鳴いていて、ぬるい空気に染み入るような風がひんやりとして本当に心地よい。

そんな長島でも、今はコロナウィルスの感染拡大防止に備えた自粛のムードに包まれている。ようやく右肩上がりになった売上は4月に入って急に落ち込んだ。自治会と相談して島の中の人たち限定で時間も縮めて営業を続けている。オープンしたての頃はおしゃべりの時間も多かったけど、営業が忙しくなってきてからはそういうこともゆっくりできず慌ただしい日々が続いていたので、縮小営業を始めてリクエストメニューに応じることにした。こんな時だからこそ入所者のじいちゃんばあちゃんに来てもらいたい。

いざ、リクエストを受け付けたら想像以上に大変で、注文が重なるお昼の時間に2口コンロを駆使して格闘、ひとりで店内と台所を駆け回り、コロナ以前より慌ただしくておしゃべりどころではなくなってしまった。それでも目標としていた一ヶ月は続けたので、次はもっと賢い方法でみんなのニーズに応えるようにしようと思った。

 

その取り組みの結果、Y村さんが、週に一回焼肉弁当をテイクアウトするようになった。20代前半で目が悪くなった彼は、毎回職員さんにアテンドされながら14時頃にやって来て、カウンター越しに15分ほど話して帰っていく。いつも前日に電話が入り、食べ終わった時も細やかな感想を電話で伝えてくれる。初めての感想は、私が玉ねぎの天ぷらに爪楊枝を差していたことを伝え忘れていて、これは盲人にとっては危ないよ、という注意だった。自分なりに気を配っていたつもりだっただけに、丁寧な指摘がこたえた。だけど次の週末に注文の電話をくれたので、安堵の息をついた。Y村さんのことを初めて知ったのは、さざなみに飾ってある旧福祉棟をモチーフにした油絵で、それは彼が書いたものである。当時は入院してると聞いていたので、どんな人か知ることができずにいた。焼肉弁当のやり取りが始まる以前には一度だけさざなみに来てくれたことがあるけど、それっきりだったので新しくできた習慣が嬉しい。

ある時、カウンターを挟んでY村さんは「今日はいくつか僕が気になる謎をお話しましょう。まずはあなたにクイズを出します。」と言い出した。「ここに底のない鍋があります。いくらで売れるでしょう?」「底がないのに売れないじゃないですか。笑」「なぞなぞだと思って考えてください。ヒントは底がないとうまく煮えないでしょう?」突然のなぞなぞが始まって私は考え込む。だけどあっさり「答えは2円(煮えん)ですね。」と明かされてしまう。「それじゃあノンアルコールの酒はいくらですか?」「あ!4円だ!」「当たりです、じゃあ腐った弁当は?」「9円!」「あなた、なかなか勘がいいですね。」とY村さんは小気味よく問題を繰り出した後、長島に長いこといても解けない謎があることを教えてくれた。

それが以下。

★長島の西の荒磯と呼ばれるところに積まれた石垣は一体なんなのか。
→若い頃、まだ目が見えていた時に登ってみたけど草やツタで覆われてしまっていて分からず終いらしい。なんであんなところに石垣が積まれているのか。

★光明園の方にあるイギリスのストーンヘンジのような石の建造物は何か。
→あるらしいが、これも何であるのか不思議でしょうがないらしい。

★しのび塚公園の向かいの浜辺を「ゴシキ(ゴセキ?)が浜」と言うが、その由来は何か。
→Y村さんの若い頃は碁石のような丸くて平たい岩がたくさんあったらしい。だからその風景が名前の元になったのではないかと思っているけど実際のところはわからない。

★官舎と治療棟をつなぐ小さな橋を建設する時に海底からヨロイが出た。あれは誰のものか。
→戦国時代に死体が漂流して、長島の海底に沈んでいたのではとY村さんは踏んでいる。

私は長島について詳しくないし、Y村さんの話はいつもおとぎ話みたいだから、これらの謎がそもそも実在しているのかどうかもわからない。だけど彼は長年の謎を是非とも誰かに研究してほしいそうだ。これは冒頭のなぞなぞよりもはるかに難しい…。いつか私に解ける日がやって来るのだろうか。笑

posted : 2020.05.06
喫茶店の日々 長島を歩く さざ波立つ人たち