3月/長島ストーリープロジェクト

ある人にとって近くて遠い手掛島、今の私がそんな風に思うのは小豆島。毎日目にして、お客さんに、あれがね、とか言ってるくせに実は行ったことがないなんて。私がさんぶたろうだったなら、瀬戸内海もひとまたぎだろうけど。3月4日、ドラマある注文が入るのも日常茶飯事に。

 

長島のいたるところが満開。ミモザをとあるじいちゃんが珍しがっていたけど、海岸沿いにある大木のミモザがぽわぽわヒヨコ🐥の大群だった。次来た時に伝えなければ。3月11日、杏の花。

 

家に着いても頭の中に音楽を持ち帰ってる感覚は楽しくて、口ずさむこの曲だけでも自分で演奏してみたくなる。(と思いながら30年以上楽器を弾けぬまま)素敵な人たちの求心力にあやかり、合宿みたいな3日間。海太郎さんたちの青い鳥のハモニカ。3月12日13日、寝る前に食べるタイヤキ。

 

 

さざなみにおける常連さんの平均年齢の高さは老舗喫茶店にも負けない気がしているが、気づけばもう3人も馴染みの客を見送り、失っている。寂しいけれど、不思議と新しいお客さんがやってきて、また次の日常を作ってくれる。風が吹くのかな。3月25日26日、俺の葬式にも来てくれよ、とは新手の挨拶。

 

雑種の愛くるしさを存分に発揮された1枚を譲ってもらう。どうやら愛生園にあった豚舎の2代目番犬だった模様。豚舎跡の隅っこにお墓があるなあと思っていたけど、この子のだったのか!たまちゃんたちが読んでた愛生の犬と政治の話を思い出す。3月28日、風が強くて暗い長島、水中のような店内。

 

頭で想像したり予想したりすることって大体現実と乖離してて、自分を甘く見積もっている。朝7:30岡山駅、歩いて歩いて17:30長島愛生園。思いを馳せる余裕もなく自分の実力を見誤るも、それでも歩けば何とかなる確実な一歩。3月29日、これぞまさにクタクタ。

 

 

長島にも恋というものがあって、園の若かりし頃には祭の準備に心ときめかせ、入所者と看護師の駆け落ち、それと見せかけた脱走劇、園の中での結婚・離婚・再婚、などなどドラマある人間模様を時々耳にする。そんなことをフフフと語れる昼のコントワール。3月30日、もう少し日記っぽい試み。

 

「少年舎あがり」が揶揄するは世間知らず。私がゆとり世代って言われるあの感じね、普遍の世代間ギャップは長島にもある。少年舎チーム自治会御三家は会話の息がよく合っていて、犬の写真を見せたら「犬を食うおっさん」の話題で持ちきりに。鶏舎や相愛で大事に育てた犬が姿を消した日。2人の体験談にオーマイガ。会話の内容が切なすぎるのに衝撃すぎて笑ってしまう。家族か嗜好品か。島には文化の違う人々。3月31日、園内にもささやかな春のちょうちん。

 

 

 

 

posted : 2021.05.07
喫茶店の日々 長島を歩く さざ波立つ人たち