足るが底なし。

 

秋になるとオレンジ色の実がたくさん実って、柿の木の存在感が一気に増す。愛生園の中を歩いてみてもやっぱりいたるところにあって、誰かが採ったりする気配もない。よし、さざなみで使おうと目論んでいたところ、看護部長のK目さんが白衣にほっかむり、片手に高枝ばさみを持って大きな渋柿をたくさん持ってきてくれたので、私の気持ちにもぶりがつき、燃えた。

毎朝オープン前に柿をもぎるのはなかなかよい運動で、ランチメニューにあの手この手で使いまわし、渋柿も紙袋にあふれるほどのを抱きかかえ、せっせと皮をむいては海側のベランダに吊るした。職員のA川さんには、ヘタの部分を包丁でぐるっと一周むいてからピーラーを使うコツと、霧吹きでお酒をまぶす方法を教えてもらい、毎日揉むといいとも聞いたけど、あっという間に干し柿になってズボラな私の出る幕はなかった。海には牡蠣棚、いかにも島らしいコラボレーションで、偶然が生みだす景色は素晴らしい。

 

そんな日々を過ごしていたら、当然のように他人との会話にも柿が登場する。するとどうやらI岡さんは私の柿ブームに感化されたらしい、柿採りにはまってしまった。いつものカフェオレを飲みに来るたび、黒くて赤い縁取りのミズノのシューズバッグにノコギリとハサミ、それから収穫した柿を詰め込んでやってくる。ある時「斜面で転んでなあ、死ぬかと思ったわ。」と笑いながら持ってくるので、シャレにならんわと一度I岡さんの柿採りに付き合うことにした。彼のお気に入りの木は確かに斜面に生えていて、坂道を上手く利用すると採りやすい場所にあるが、手の届く範囲にはもうほとんどなかった。背伸びをしたり、ノコギリを使って枝を引っ張って二人で残りの柿を採る。用意した袋にそれなりの量が入ったので「こんなもんじゃない?」と声をかけてみると、聞こえてるのかそうでないのか、まだまだ柿を見つめ「登らなあかんな…。」とつぶやくI岡さんがいる。いやいや、おっさん何を言うとると口が滑りそうになるのをこらえて、さっさと収穫してしまおうと私はもろい柿の木に登る決心をした。「おうおう、軽いなあ。」と呑気に笑うI岡さんを横目におそるおそる細い幹に足をかけ、ほいほい柿を投げ落とした。

あの時、手が届く柿は全部採ったつもりでいたけれど、柿も赤が深まり、鳥がこぞってついばむくらいに柔らかくなってきたけれど、相変わらずI岡さんはシューズバッグに柿を入れてやってくる。正直もう十分と思ってるし、実際口にも出してしまっているけど、マイペースなI岡さんは、いつも息を切らせて楽しそうに柿をとってくる。まあ、おかげでこの冬のビタミンはしっかりとれたかな。

posted : 2020.12.31
喫茶店の日々 長島を歩く さざ波立つ人たち