2021.9.23一日一題『愛生を読む会』山陽新聞掲載

気がつけば、さざなみハウスにはいろいろなものが集まるようになっていた。店内を眺めて、数多くの人たちと出会ってきたなあとしみじみ思う。

長島愛生園の機関誌「愛生」も、さまざまな入所者と長年付き合ってこられた方が店に持ち込んでくれた。昭和20年代から平成の初めまでのバックナンバーを、ざっと200冊。入所者の遺品整理のときに残しておいたものだそうだ。それをいただいたときに手に取って面白そうだと思ったが、意識的に読むことはなく、少し時がたった。

「そうだ、みんなで読もう」。思い立って、愛生を読む会を始めたのはことし2月だった。地味な企画ではあるけれど、回を重ねるうちにじわじわと読み手が増えている。会のことをうわさに聞いた方々が手元にある愛生を持ってきてくれるようになり、不ぞろいのバックナンバーがほんの少しだが埋まった。園の盲人会で発行されている「点字愛生」もいただいた。

愛生は、園が開所した翌年の1931(昭和6)年に創刊された。ハンセン病療養所の機関誌と聞くと、どこか堅苦しいイメージがある。もちろん、医療や福祉の専門的な記事も載っているし、入所者が国に対して予算交渉をする様子も記録として残っている。しかし一方で、時代の移り変わりとともに変わる表紙のデザインや写真、企画の内容には工夫があり、興味をひく。

愛生の書き手には多様な感性の持ち主がいたのだと、バックナンバーから想像できる。文章の中に、いまの私たちと変わらない生活が当たり前に存在していて思わず共感する。その面白さのとりこになる人は多い。当時の日本の様子や長島の情景がおぼろげに浮かび、誰かとおしゃべりしたい気持ちも生まれる。

愛生園の入所者は平均年齢が86歳を超え、120人ほどに減った。私が顔を見ながら話を伺える方は、その人数よりも少なく、いまの時間を大切にしなければと思う。入所者の方から聞いた貴重な記憶の断片を頼りにして、愛生を読む。一人一人の話から大きな歴史がひも解かれていく。     2021・9・23

 

posted : 2021.09.21
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