2021.9.2一日一題『島中に響く歌声』山陽新聞掲載

「盲導ラジオ」をご存じだろうか。愛生園では至る所にスピーカーが設けられ、番組が流れる。ラジオの音声は目の不自由な入所者が歩くときの〝道しるべ〟になっていたそうだ。ハンセン病の後遺症で失明した方は多く、かつては盲人会の活動も盛んだった。昔の資料によると、白杖で前方の木を探り、杖先に付いた香りを確かめて現在地を知る人もいた。誰が近づいて来たか、足音だけで分かる人もいたとか。

初めて長島を訪れたとき、人の姿がまったく見えないのに、ラジオから人の声が絶えず流れていた。アンバランスとも思える不思議な光景だった。このラジオは、スピーカーの設置場所によって放送番組が異なる。島内の巡回コースの向きによってNHKと民放に分かれているとうわさに聞いたが、真偽を確かめたことはまだない。

毎日の朝昼夕、ラジオ番組は数分ほど園内放送に切り替わる。園内行事のあるときは、現場の様子がそのまま音声となって伝えられるのだ。びっくりしたのがカラオケ大会である。愛生園では新しく仲間入りした職員さんの顔見せの場として、それぞれ歌を披露するのが慣例になっているらしい。高齢の方になじみのあるものから最近のJポップまで選曲は幅広い。得意げに歌う人、控えめな人、わが道をいく人。島中に響く歌声で、どんな職員さんが入ってきたのか姿格好を想像できるのが面白い。

カラオケの全盛期、愛生園でも入所者の多くの方が趣味で楽しんでいたようだ。さまざまな行事や施設の新築祝い、入所者と職員の交流の場でもカラオケは欠かせず、お互いを結びつけるきっかけをつくったのだと思う。

昭和50年代、当時としては珍しく18歳の若さで愛生園に就職した職員さんから聞いた。ハンセン病の後遺症を抱えながら生きる入所者を初めて見て、その姿が目に焼き付いたのだと。園に長年勤めてこられた職員さんは、入所者の方々の暮らしを見続け、日々を共につくってきたのだろう。資料には残っていない貴重な経験が体に刻まれているに違いない。  2021・9・2

 

posted : 2021.09.02
喫茶店の日々 長島を歩く さざ波立つ人たち