2021.8.26一日一題『ふたりの名前』山陽新聞掲載

ハンセン病を発病して愛生園に来られた時期は人それぞれだ。社会生活を経てからの方がいて、子どものころから入所している方もいる。「未感染児童」として、発病した親御さんといっしょに来て園内で過ごすうちに発病した方も。

さざなみハウスの切り盛りをしながら、長島で暮らす人たちの背景は実に多様だと痛感する。ハンセン病が不治の病と言われていた時代、太平洋戦争で日本全体が困窮を極めた時代、戦後まもなく日本で特効薬が使われ、治る病気となった時代。歴史の変遷を知っておくことが、入所者の方の話をうかがうときには欠かせない。

入所者のNさん夫妻は店の常連さんである。仲むつまじい小柄なふたり。足を悪くしてつえをつく夫を、妻がゆっくりとエスコートする姿はいつ見てもほほ笑ましい。夫はゆで卵とパンの耳を落としたトースト、妻はチーズケーキ。ふたりが飲むコーヒーの好みは違う。海の見える喫茶店で過ごす時間を楽しみに来てくださる。

親しくなるうちに、ふたりを下の名前で呼びたくなってドキドキしながら聞いてみた。夫の名の由来は三男坊だから。妻の名は神主さんが付けてくれたといい、月の満ち欠けや暦を大切にするおうちだったそうだ。「ええ名前じゃ」と夫が屈託なく笑い、妻は「ふたりとも親からもらった名前です」と控えめにほほ笑んだ。

親からもらった名前―。私にとっては当たり前のこと。けれど長島で暮らす人たちにとってはそうではない。ご自身の名前をこの上なく大切に思う夫妻との会話で、ハッとさせられたのだった。家族に迷惑がかかるからと、愛生園に入所したらまず園内での名前を考えたのだと聞いたことがある。園で亡くなった後、遺族に引き取られたお骨が故郷の墓には納められなかったという話も聞いていた。

当たり前にあると思っていた故郷を失う。その気持ちがいったいどんなものか、私にはまだ思いが至らない。しかしハンセン病の悲しい歴史を背景に聞くふたりの話に、私は光を感じる。        2021・8・26

 

posted : 2021.08.26
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