2021.8.19一日一題『最年長の常連さん』山陽新聞掲載

さざなみハウスの店内の壁は青い。大きな窓から海風が入ってくると、より爽やかな空気に包まれ、そのたびに深呼吸をしたくなる。とっておきの空間だ。

福祉課の事務所だったころの壁紙は白色だった。それを青く塗り替えたきっかけは、ハンセン病の回復者で、最年長の常連さんだった画家・清志初男さんとの出会いである。店がオープンしてから、いやオープンする前の改装中のころから毎日のように訪ねてくれた。93歳で亡くなって今月でちょうど1年がたった。

清志さんと過ごした日々は決して長くはなかったけれど、思い返すと懐かしく、なんといとおしい濃密な時間だったことか。背筋がぴんと伸び、ジーンズを履きこなし、ハンチング帽に大きな黒縁の眼鏡という粋な格好で、90歳を超えているとは到底思えなかった。長島の外との交友関係が広く、岡山の夜の街に繰り出すのが大好きで、音楽や芸術を愛してやまない人だった。

かつて船乗りだった清志さんは20歳ぐらいのとき、真っ白な制服を着て愛生園にやって来たそうだ。看護師さんや周りの女性たちの目を引きつけてやまなかった、とユーモアたっぷりに自慢話をする姿が今でも目に浮かぶ。

いつも口にしていた言葉は、感謝の心を持つということ。自分が今まで画家を続けられたのは、愛生園にいたおかげなのだ。ここに来たからこそ絵の道を見つけ、それに没頭することができたのだと。

「カラオケ喫茶をやりたいなあ」とつぶやきながら、さざなみハウスを自分の店のように思ってくれていた。清志さんと私のセンスは全く違い、とんでもないアイデアに「そうはさせるものか」と攻防戦もたびたびだったが、そのとき聞いた「損して得取れ」という言葉は教訓になった。

さざなみハウスの常連さんの平均年齢は、きっと老舗の喫茶店に負けないぐらい高い。すでに何人かの方を見送り、寂しいけれど、不思議と新しいお客さんがやって来る。次の日常をつくってくれることがうれしい。 2021・8・19

 

 

posted : 2021.08.19
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