2021.8.12一日一題『取っ手の付いたコップ』山陽新聞掲載

ことし7月、さざなみハウスがオープンして丸2年がたった。今ならすぐに常連さんの顔が思い浮かぶのだが、店を始めて間もない頃はどんな人がやって来るのか、皆目見当がつかなかった。その心配は愛生園入所者自治会の方々も同じだったようで、無事に1年を迎えたころ「どうなることかと思っていたけれど、至る所で店の評判は上々だ」と一緒に喜んでくれるようになった。彼らは私の心に活力を与えてくれる。

週末だけの営業から店を始めたあの夏、最初に訪ねてくれたのが長島で暮らす入所者の方だった。どう振る舞えばよいのかと思案していた私に優しく教えてくれた。「このコップは持てないよ」と。

その方は、ハンセン病の後遺症で指が不自由になり、取っ手の付いたコップでなければうまく持つことができなかった。例えば、良かれと思って店のカウンターに出す熱々のコーヒーは、顔の神経がまひして熱いものが苦手な人や、指を失って手のひらでしかコップをつかめない人にとってはもっての外だったのだ。

病の後遺症は人それぞれ、その深刻さもさまざまで、自分の想像力不足を思い知らされた。つい相手の手元や顔を見つめ過ぎ、手を引っ込められたり帽子のつばを下げられて、しまったと反省することもあった。しかし、長島というぼんやりと広がるイメージが変わり、一人一人の顔がよく見えるようになったことは何物にも代えがたい経験だと思う。

この2年間で知り合ったのは病の回復者だけではない。その治療に情熱を注いできた人、ケアをする人、長島と交流してきた人たち、長島の周りで暮らす人たち、歴史を知らない人たち。出会うたびに長島とハンセン病を巡る多様な視点があることに気づく。

日本での隔離の歴史を知り、現在は国が誤りを認めていることに胸をなで下ろす。歴史の陰に潜んでいるたくさんの物語を知ると、自分の気持ちが日々変わっていく。カウンターの向こう側は広く、奥深い。 2021・8・12

 

posted : 2021.08.12
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