2021.8.5一日一題『海の見える喫茶店』山陽新聞掲載

「自分で店を切り盛りしたい」。胸の内で思いが強くなった数年前、私はこれといった職を持たず、いろんな人の仕事を手伝いながら日々を過ごしていた。そんなとき足を運ぶようになったのが、瀬戸内市にある国立ハンセン病療養所・長島愛生園だった。

入所者の高齢化に伴って施設がコンパクトになり、福祉課の事務所だったスペースがぽっかりと空く。そこを活用して来訪者の待合所をつくれないかと、入所者自治会と園が考えていたところに、ひょんなことから参加することになった。

そうしてできたのが「さざなみハウス」、私が営む喫茶店だ。かつて愛生園にあった「さざなみ食堂」が名前の由来である。入所者の方から教えてもらって、ぴんときた。それに「ライトハウス」という盲人会の集会所の名を合わせて、さざなみハウスと名付けた。

大きな窓から穏やかな瀬戸内海と遠くの小豆島が見える。雨の気配が近づくと窓の外はどんどん霧に覆われて真っ白になる。小豆島が見えるか、見えないか。昔から長島の天気を予測するバロメーターとなっているそうだ。

当初、私は長島とハンセン病についての知識に乏しく、足を踏み入れてよい場所なのかもあやふやだった。それでも店をやってみようと思えたのは、自分を癒やす自然がすぐ身近にあったからなのかもしれない。

オープンからしばらくして、かつてのさざなみ食堂は職員専用だったと知る。昔の療養所の中は患者と職員の区域に分かれていて、患者はその食堂に立ち入ることができなかった。複雑な気持ちを抱いたが、それでも店の常連さんが呼んでくれる「さざなみ」の名を私はとても気に入っている。           2021・8・5

 

posted : 2021.08.05
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