今年は愛生園創立90周年にあたるらしく、今日はその記念式典だった。
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N尾会長がこないだ珈琲を飲みに来た時、挨拶原稿を考えていると教えてくれて、ポロッと「僕らに記念と言われてもなあ」と、呟いたのが心に留まった。”おめでとうございます”は使わずに、愛生園で暮らした先輩たちの歴史を紹介しようかなと言って、会長は帰っていった。
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それが印象的だったので、みんながどんな言葉を使うのか気になって、今日はお店のBGMも園内放送の中継に切り替え、コロナ禍でひっそりおこなわれた式典に耳を傾ける午後のさざなみ。
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式の最後は、シンガーソングライターの沢知恵さんのライブがあって、運よくお店終わりに覗くことができた。ちょうど、N尾さんやI田さんも壇上にあがって愛生園の少年団歌を、沢さんのピアノにあわせて歌うところだった。
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昭和20年代頃の少年舎では、農作業の前に勢いづけでみんなで一年に何十回も歌う機会があったようで、今、84歳のI田さんが歌った覚えがあるのは15か16のこと、それ以来歌うことはなかったらしい。70年近くの時を経て二人が再び歌う貴重なタイミングだった。団歌の資料は楽譜の一枚も残っていなくて、N尾さんとI田さんの二人がそらで歌えて沢さんに伝えていないと消えてしまう歌だった。本当は3番まである歌だけど、今日歌えたのは1番だけ。椅子に座った二人が、タンタンタンッと小さく片足でリズムをとりながら朗らかに歌う。
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上手く聞き取れなかったけど、歌詞には「祖国浄化のためならば」という一節があったらしく、沢さんは二人にこの歌をどんな気持ちで歌っていたのか尋ねた。
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I田さんは、子供なりにぼんやりとした抵抗感があり、おとなになったらその感覚が具体的になったと話していて、N尾さんは、祖国を清むるために僕はここに入ったと思ったと答えた。
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子供たちは、それでもこれを歌って働いて寝食を共にして、そこで感じる孤独はいかほどか、と当時を肌で感じたい気持ちになってしまう。珈琲を飲みにきたN尾さんがこんなことも言っていた。「90年前に先輩が詠んだ俳句が、今になってようやくわかる」そうか、会長でもそんな気持ちになるのか。時代はどんどん変わって、かつての情景に触れたいと思っても私の手は届かない。
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N尾さんの話を聞いて、思い出したのが授業で習った
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秋深き 隣は何をする人ぞ 松尾芭蕉
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うまく言えないけれど、長島で聞く話は、この句を味わうための情感と似ているような気がする。
posted : 2020.11.20
喫茶店の日々 長島を歩く さざ波立つ人たち