生活を綴る

先日、横浜へ行ってきた。高校時代の友人が携わる本屋で「愛生を読む会」を企画してくれたのだ。読む会を始めてそろそろ一年になる。別に私が多くを説明するでもなく、ただただ機関誌愛生のバックナンバーを好きなように読むだけの無責任な読書会なのだが、意外と好評で続いている。それはひとえに愛生を作ってきた書き手の文才が優れているに他ならない。気になる文章を読んだり、月刊誌ゆえの連なりを遡り始めると、あっという間に時間が経つ。愛生園のことを知らなくても楽しめるし、読むと知りたくなってくる。滋味深き冊子なのだ。
とはいえ、県外でおこなうのは少し不安があった。友人に誘ってもらったとはいえ、さざなみハウスも私のことも知らない人ばかりの中で大丈夫だろうか、なんとも言えないふにゃふにゃした気持ちで始発の新幹線に乗った。
しかし、それも杞憂に終わり、午前・午後の部ともに、本が好きな人、ハンセン病や長島、そこに関わる人たちをよく知っている人、なにより本屋を支えている人、特別で充実した交わりが生まれる空間で、感謝の気持ちでいっぱいになる。「本屋の二階」という会場を使わせてくれたのは「生活綴方」という本屋さんだ。出発前、場所を確認しようと検索すると、生活綴方運動という項目があらわれた。どうやら本屋さんの由来はこの運動らしい。生活綴方とは、生活者としての子供や青年に対して、自身の生活を文章で表現することを奨励した取り組みのことを指す。そういった活動が戦前の日本で特にさかんだったようだ。そこでピンとくる。愛生園の人達の豊かな感性の由来について。
青い鳥楽団リーダーの近藤宏一さんの著書には、子どもの頃、先生をしてくれていた大人から、たくさん文章を書くことを勧められていたと書いてあった。少年倶楽部への投書を積極的にしていた、と。中尾さんから聞く戦後の少年舎での話も同様だった。療養所に患者としてやってきた大人たちの子供たちに向けるまなざしは、一体どんなものだったのだろう。またひとつ、当時の人の営みや心の揺らぎを垣間見たような気持ちになる。
posted : 2022.01.04
喫茶店の日々 長島を歩く さざ波立つ人たち