人の記憶を残すことに関心がうまれたのは、間違いなく長島に関わってからである。「今を生きる人が必要としない歴史は消えていく。」ある時、園長が話してくれた一言が今でも忘れられない。そして気がつけば、さざなみハウスという場所が、私と色んなものを繋いでくれるようになった。出会う人から聞く話、書籍で見つける言葉、たくさんの存在は私を深い森の中へといざなうようで、その感覚は言葉で表せずにいるけれど、心が必要としている、そんな気持ちになるのだった。
「お義母さんの話をきいてほしいのよ。」ある女性からの相談、それは愛生園の元職員の女性のことだった。今年で92歳、妹さんと一緒に療養所で長年働いた。「本当に昔のことをよく覚えているのよ。お義母さんが亡くなったら、もう聞けないことばっかりのような気がして。」と、私はその不思議なバトンを受け取ることにした。
自治会の中尾さんにその話を伝えると、大きな悲鳴をあげて全身で喜んでくれた。「外の病院に入院してた時、その妹さんがずっと付き添ってくれるから看護師さんに『奥さんですか?』ってよう聞かれたんや。せやから、わしのお母ちゃんなんや。」
そうして、ふたりの姉妹と中尾さん(それからいくらかの取り巻き)がさざなみハウスに集まった。実に何十年ぶりの再会である。せっかくだからこの会に名前をつけよう。四文字がいいなあ。夕凪はどうだろう、と夕凪の会は発足した。
姉妹は朝鮮でうまれた。一族が現地で商売をしていたのだ。戦後、大変な思いで引き揚げ、一緒に帰ることができなかった父に代わり、長女であった女性は同級生が進学する中で就職をした。その後、結婚のタイミングで一度退職、そこへ妹が就職し、愛生園が簡易郵便局を立ち上げるとき、声がかかって再就職をした。
長島には色んな人生が交錯している。姉妹の小さな物語をきいて、まだまだ知るべきことがあると気がつく。想像できない、でも想像したい、そんな気持ちをいつも胸の鼓動が教えてくれる。消えてしまうなんて、とても惜しい。そう思って、日々のことを習慣になりきらない日記に少しでも、と書き残すのであった。
posted : 2021.12.01
喫茶店の日々 長島を歩く さざ波立つ人たち