さざなみの訪問者

喫茶店の日々
今日は人が来るのだろうか…、なんて考えながら毎朝が始まる。かつて隔離の歴史があった長島、アクセスが悪い。そのうえ、あまりに人の姿を見ないので、世の中から遠く切り離されたような気持ちになるのが習慣となった。朝、ひとりお客さんが入ると、ひとまずほっとする。どうやら異世界に飛ばされてはいないらしい、大橋がきちんと繋ぎとめてくれているのだなと思う。
そんな、とある日のこと。高齢の男性がひとりでやってきた。「新聞をみて…」と訪れてくれる方が最近、ちらほらといる。男性もそのようで、一度は来ようと思っていたことを教えてくれた。「実はここで食堂をやっていてね…。」と始まる話に、すかさず尋ねる。「それってさざなみ食堂のことですよね?」
さざなみ食堂とは愛生園にかつてあった、今のさざなみハウスの由来となった食堂だ。その食堂は職員地帯にあったもので、立ち入りを禁じられていた入所者の方には馴染みがない。最初こそ、よくわからない後ろめたさが心にあったけど「さざなみ」という言葉が暮らしの中で他にも存在していたと知って、思い入れが強くなった。
当時、食堂のそばには清風荘と光風荘という宿泊施設があり、主にその利用者が食事をしていたそうだ。職員食堂というよりも迎賓館のような存在かな、と私はイメージしている。その店主だった男性が、なんとさざなみハウスを訪ねてきたのだ。
昭和29年に愛生園の給食係として働き始めた。園内の看護師さんと結婚、子どもができたが当時の月給があまりに少ないので組合を通じてさざなみ食堂を切り盛りすることになった。最盛期には十分食えるほどの稼ぎがあったという。
連絡先を交換して見送る。ああ、食堂のことをもっと聞きたい。そして、さざなみ食堂にも負けないくらい、心細い気持ちもぶっ飛ぶほどの繁盛店にしたいなあと心を持ち直すのだった。
posted : 2021.11.20
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