長島を歩く

喫茶店の日々
額を叩いて頭蓋骨に伝わる振動をマイクで拾い、心臓の鼓動をスピーカーに通じて鳴らす。時々、身体をしならせて足元にあるシンバルを蹴る。身体のすみずみまで使った衝撃的なパフォーマンスをみたその日、私はあっけにとられて言葉を失った。その場にいた皆がただ立ち尽くしてじっとその姿を見つめていた。
山川冬樹さんとお会いする機会があった。瀬戸内国際芸術祭で香川県の大島青松園へ通うようになり、ハンセン病について考える現代美術家の一人。風になびく長い髪はとてもやわらかそうで、すらっとした細身のたたずまいが中性的に感じる。冒頭のパフォーマンスに圧倒された私は、緊張しながら山川さんを長島へ案内した。尾張にある天福で一緒に夕食をとる。定食のボリュームがとんでもなくて、自分も相手も食べきれるか心配になったが「食べ終わると達成感がありますね」と言ってくれて、張りつめた気持ちがゆるんだ。次の日も青松園や自分の作品など色んなことを話してくれた。
作品の中で山川さんは、大島から対岸の庵治まで2キロほどの距離を泳いで渡った。瀬戸内海は穏やかなようで波が険しい。潮の満ち引きやフェリーの航路、漁業の区域などを調べて綿密な計画を立てて実行したそうだ。かつては長島と同じように、海を泳いで療養所から出ようとする人たちが大勢いたという。途中で命を落とす人もいた。
話の中で表現について「身体の有限性の拡張」と教えてくれた。その一言で私は腑に落ちて、ふと岡山駅から長島まで歩いた、あの時の感覚を思い出す。車だと一時間程度の距離をわざわざ徒歩で10時間かけて歩く。何か意味がうまれるのか、そんなことはわからなかったが、私の身体は確かに40キロを歩いたのだと嬉しくなった。12月、また岡山駅から長島まで歩く。三度目となる。身体を通して得られる感覚を大切にしたいと思った。
posted : 2021.11.13
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