にぎりめし

喫茶店の日々

朝、常連さんと窓の景色を眺めて世間話をするのが日課になりずいぶんと経つ。きっかけはコロナ禍。「ここは人がおらんからええなあ。」店としては複雑だが、よいひとときになっているのは嬉しい。海の風景に目をやり、静かに音楽を聴きながら新聞を読む。いつも決まった時間に来るが、老人クラブの体操や地域の清掃活動がある日は昼どきに顔をのぞかせる。

10月のある日、皇子宮の掃除に行かねばという。虫明にある愛生園官舎裏のお宮では、秋に子どもの奉納相撲と大きな神輿をかつぐ祭りがあるそうだ。大阪で働いていた時、地元の先輩たちが福井県の刑務所で作られた神輿を買ってきて、村おこしで始めたらしい。かつてはヨーヨー釣りのような出店がにぎやかで、子ども大人もたくさんいたが、現在は担ぎ手のいない神輿を軽トラに乗せて地域を回っている。

ゆすらのなる頃には、浜地区で「一万遍」がおこなわれる。子どもたちが大きな数珠の輪を持って家々に入っていく。どの家も床に新聞紙を引いて待っているらしい。昭和30年代の子ども時分、祭りで一番嬉しかったことはおむすびがもらえることだった。薪を燃やして大きな釜で炊いた、ただの白いおむすび。油分が多い松かさや松葉を山で拾って火にくべた。「今じゃ考えられんな。」その人は笑いながら教えてくれた。

中尾さんの愛生園での語りは、食べ物のことがよく出てくる。子ども時代の話はさらに昔ばなしだが、何度も「にぎりめし」が登場する。何にもなかった当時のごちそう。世の食いしん坊を沸き立たせるように細やかな部分をしっかりと伝えてくれる。

「豊かな時代になった。」昔を語ってくれる人たちは口をそろえて言う。私にとって、現代にとって「豊かさ」とは何か。「祭りも止めるとは言えんから自然消滅を待っとるわ。」なんて冗談を聞いて、ちくちく胸が痛むのだった。

posted : 2021.11.05
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