浜辺の記憶

喫茶店の日々
長島の東部には新良田という地名がある。浜辺が続き、冬になるとたくさんの渡り鳥が浅瀬でまどろむ。日差しをさえぎるものがなく、海と空を風がスカーっとぬけていく気持ちのよい場所だ。浜から北へ向かうとすぐに芝生がひろがる。かつて邑久高校の分校「新良田教室」があった。昭和30年、国内の療養所にできた最初で最後の定時制の高校で、全国の療養所から受験者が殺到したそうだ。「我が園に高校が」という威厳にかけて、愛生園では合格率をあげるために予備校をつくったと聞いた。
色んな方から話を聞いていると、新良田には多くの記憶が眠っているように思う。画家の清志さんは、かつて高校の新劇部を指導していたというし、ある方は、新良田の夫婦の家で生徒3人の食事を毎日作り、一緒に食べて過ごしていたという。高校の跡地は卓球の練習所や絵を描く人のアトリエでもあった。高校ができる前は畑や鶏舎があったらしい。そして私は、清志さんのアトリエで慣れないカラオケのマンツーマン指導を受けた。
先日、石田さんご夫婦から取材をさせてもらった。撮影場所に新良田の浜を指定される。子供の頃、友人と共に過ごした思い出の場所だという。いいことも悪いことも人の孤独も、新良田の浜は全部知っている。同じ時間を過ごした友人とは、大人になっても目くばせで伝わる何かがあると教えてくれた。
新良田の浜は秋晴れの光で暖かく、ときおり強い風が吹く。夫婦と私で白いベンチに腰掛け、顔を近づけながら聞いたふたりの話。何度も、胸がぐっと込みあがり、上手く言葉に表すことができない感覚が私の涙腺を刺激する。ふたりの話はテレビや取材記事で何度も目にしてきたはずだったのに。土地が、風の冷たさが、ふたりの言葉が、私に本物の想像力を運んできてくれた。長島から湧き出るエネルギーの源に熱くふれた時間だった。
posted : 2021.10.29
喫茶店の日々 長島を歩く さざ波立つ人たち